三島由紀夫のような日本男児はいなくなった
- 1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/11/28(月) 14:25:33 ID:oYqU8gNX
- 団塊世代の皆様には通じないかもしれないが、
大和魂を取り戻すべきだろう。
- 809 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/05/23(月) 22:49:50.50 ID:cJh27lZr
- 三島由紀夫の引用を単純に貼っても意味がない。
自分の考えを述べよ。
- 810 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/05/24(火) 00:02:14.31 ID:jso5L1cr
- 三島由紀夫で2ちゃん検索するとどこもかしこも引用だらけなのだが、
それも断片的すぎて引用主の主張がよく分からない。
もし全てのスレに引用文をはる方が同一人物であるなら
せめて1行程度でも説明なり感想をつけてみては如何でしょうか。
- 811 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/05/27(金) 11:41:36.35 ID:VDlLOC4n
- 日本も三等国か四等国か知らないが、そんなに、「どうせ私なんぞ」式外交ばかりやらないで、たまにはゴテて
みたらどうだらう。さうすることによつて、自分の何ほどかの力が確認されるといふものであります。
三島由紀夫「不道徳教育講座 何かにつけてゴテるべし」より
現代は一方から他方を見ればみんなキチガヒであり、他方から、一方を見ればみんなキチガヒである。これが
現代の特性だ。アメリカからソ連を見ればみんなキチガヒであり、ソ連からアメリカを見ればみんなキチガヒである。
近ごろはもつとも、東西のキチガヒ代表が仲よく会議して、お互ひの病状を無邪気に交換するほど、時代が
進歩してきましたが……。
三島由紀夫「不道徳教育講座 痴呆症と赤シャツ」より
この世の中には「悔悟した青春」などといふものはないのです。「自分はまちがつてゐた」などといふ青春は
ないのです。
三島由紀夫「不道徳教育講座 若さ或ひは青春」より
- 812 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/05/27(金) 11:44:39.98 ID:VDlLOC4n
- 男が持つてゐる癒やしがたいセンチメンタリズムは、いつも自分の港を持つてゐたいといふことです。世界中の港を
ほつつき歩いても最後に帰つて身心を休める港は、故里の港一つしかない。
三島由紀夫「不道徳教育講座 恋人を交換すべし」より
大体日本には、西洋でいふやうなおそろしい道徳などといふ代物はないのです。この本質的に植物的な人種は、
現在、国をあげて動物のマネをしてゐるけれど、血なまぐさい動物の国の、動物の作つた掟なんかは、あんまり
植物にはピッタリ来やしないのです。
人間のあらゆるつながりには、親子にも、兄弟にも、夫婦にも、恋人同士にも、友人同士にも、結局のところ
殺意がひそんでゐるので、大切なことは、この殺意をしつかり認識するといふことです。
悪が美しく見えるのは、われわれがつまり悪から離れてゐることであつて、悪の只中にどつぷり浸つてゐたら、
悪が美しく見えやう筈もありません。
三島由紀夫「不道徳教育講座 をはり悪ければすべて悪し」より
- 813 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/05/27(金) 19:49:44.80 ID:Kb/hmqlP
- チビ。ホモ。マゾ。大学は三流だが175cm70kgの俺からすれば奇形(笑)
- 814 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/05/31(火) 17:35:17.48 ID:zNNVVJCT
- 一体、作家の精神的発展などといふものがあるのかどうか、私は疑つてゐる。若いときむやみと旧秩序に反抗し、
浪漫派で悪魔派で個人主義だつたものが、中年に及んで円熟すると、古典派になり、社会的関心を持ち、微笑を
帯びた現実主義者になり、老境にいたつては、ヒステリックな人道主義者になり、むやみと民衆を尊敬する、
といふやうなのが、一体精神的発展であるか。これはただ平凡人の生涯の、青年の客気と、中年の円熟と、
老年の気の弱りに、思想の衣裳を着せただけのことではないか。又かりに、これが進歩主義思想の逆を辿つて、
社会主義的青年が、中年に及んで俗物の現実主義者になり、老年となるや神秘主義に沈潜すると云つたところで、
要するに、青年の客気と中年の円熟と老年の気の弱りといふ公式どほりのことぢやないか。もし前者だけを
精神的発展と名付けて、後者を精神的退歩と呼ばうと、それは思想や精神に一つの物差をあてはめてみるだけの
ことで、一人の生きた人間の生涯とは何の関係もない。
三島由紀夫「十八歳と三十四歳の肖像画 一」より
- 815 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/05/31(火) 17:35:48.88 ID:zNNVVJCT
- (中略)
そもそも作家にとつて思想とは何ものであるかといふ問題は、そんなに簡単ぢやない。作家の思想は哲学者の思想と
ちがつて、皮膚の下、肉の裡、血液の流れの中に流れなければならない。だが一度肉体の中に埋没すれば、
そこには気質といふ厄介なものがゐるのである。気質は永遠に非発展的なもので、思想の本質がもし発展性に
あるとすれば、気質の擒(とりこ)になつた思想はもはや思想ではない。
しかし問題をあわててそこまで押し進めずに、気質と完全に結合した思想をも、思想とみとめることにする。
さうすると、かういふコケの一念みたいな、決して発展せずただ繰り返しながら硬化してゆく思想のはうが、
いかにも「作家の思想」らしく見えるからふしぎである。
(中略)
かういふ型の作家に、いかに技法上の発展があらうとも、精神的思想的発展のありえないのは自明の理で、その代り、
気質と結合して硬化してしまつたやうな思想は、冒頭に述べたやうな凡庸な人生的法則から作家を護るのである。
そこに老年の硬化と永遠の青年らしさとの奇妙な結合が生ずる。それはいはば青年の木乃伊(ミイラ)なのである。
三島由紀夫「十八歳と三十四歳の肖像画 一」より
- 816 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/05/31(火) 17:37:03.32 ID:zNNVVJCT
- (中略)
まづ十八歳の私。
戦争も敗戦も兆をはつきりあらはしてきて、東京がいつ空襲されるかわからない時期である。学校へは制服に
ゲートルを巻いて行かないと門番が入れてくれない。軍事教練が重要な課目になつてゐる。
(中略)
私は文芸部の委員長になり、(中略)国文学雑誌に寄稿したり、学校の先輩と三人で「赤絵」といふ同人雑誌を
やつたりして、いつぱしの文学青年気取で、父親の眉をしかめさせた。でも大学は父親のいふとほり法科へ
進む気になつてゐた。どつちにしろ同じことだ。もうすぐ死ぬのだから。
学校へ行くと、文学なら私といふことになつてゐて、その点では一目置かれてゐたから、学校はきらひぢやなかつた。
(中略)
あるとき野球部に入つてゐる友だちが、肺浸潤の診断をうけて学校を休みだす直前、かへりの電車の中で、突然
私にかうきいた。
「君は sterben(死)する覚悟はあるかい?」
私は目の前が暗くなるやうな気がし、人生がひとつもはじまつてゐないのに、今死ぬのはたまらない、といふ
感じが痛切にした。
それから半年ほどのちその友だちは死んだ。
三島由紀夫「十八歳と三十四歳の肖像画 三」より
- 817 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/05/31(火) 17:37:33.68 ID:zNNVVJCT
- …………………………。
次は現在の私。
現在の私は旦那様である。妻には適当に威張り、一家の中では常識に則つて行動し、自分の家を建てかけてをり、
少なからず快活で、今も昔も人の悪口をいふのが好きだ。年より若く見られると喜び、流行を追つて軽薄な服装をし、
絶対に俗悪なものにしか興味のない顔をしてゐる。
まじめなことは言はぬやうに心がけ、知的虚栄心をうんと軽蔑し、ほとんど本は読まない。百五十歳まで生きる
やうに心がけて、健康に留意してゐる。
(中略)
私はそれでも時々、自衛隊にでも入つてしまひたいと思ふことがある。病気で死んだり、原爆で死んだりするのは
いやだが、鉄砲で殺されるならいい。
「君は sterben する覚悟はあるかい?」
といふ死んだ友人の言葉が又ひびいて来る。さうまともにきかれると、覚悟はないと答へる他はないが、死の観念は
やはり私の仕事のもつとも甘美な母である。
三島由紀夫「十八歳と三十四歳の肖像画 三」より
- 818 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/05(日) 22:38:18.98 ID:/FuFi+d3
- (二十歳の私が書いた)「戦後語録」などと名付けた断想のノートを読むと、九月十六日の項にはこんなことが
書いてある。
「偉大な伝統的国家には二つの道しかない。異常な軟弱か異常な尚武か。それ自身健康無礙なる状態は存しない。
伝統は野蛮と爛熟の二つを教へる」
「デモクラシイの一語に心盲ひて、政治家達ははや民衆への阿諛と迎合とに急がしい。併し真の戦争責任は民衆と
その愚昧とにある。(中略)政治家は民衆の戦争責任を弾劾しない。彼らは、泰西人がアジアを怖るゝ如く、
民衆をおそれてゐる。この畏怖に我々の伝統的感情の凡てがある。」
「日本的非合理の温存のみが、百年後世界文化に貢献するであらう」
――かういふ文章を読むと、調子はいかにも国士調である。終戦のときにぼんやりした抒情詩人だつたものが、
一ヶ月でたちまち国士になるわけもないが、つまり甘い抒情的逃避と国士的居直りとは、私にとつて一つのもの、
一つの銅貨の裏表だつたのだらうと思はれる。これをしも「野蛮と爛熟」と自賛すべきか?
三島由紀夫「八月二十一日のアリバイ」より
- 819 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/05(日) 22:38:44.45 ID:/FuFi+d3
- (中略)
マッカーサーが厚木へ到着したのは八月三十日であるから、多分八月二十一日ごろは、工場(神奈川県高座工廠)の
解散まで、工場の宿舎に学友たちと寝泊まりしてゐたであらう。終戦物資の配給といつても、われわれのところへは
ろくなものは来ず、パラシュート一枚かつさらつて来る才覚もなく、のんきにだらだらと議論ばかりして暮らして
ゐたと思はれる。
私たちの宿舎は、夏草の原にかこまれた粗末な新築の兵舎で、各むねのまんなかを土間がとほり、その両側に
ゴザを敷いた二階の間仕切りがあり、二階へは直立したはしごで昇るやうになつてゐた。(中略)かういふ
記憶の中に、れつきとした海軍の工場であるにもかかはらず、軍人の姿が一人も出て来ないのはふしぎである。
また、われわれの知的故郷は焼け残つた本郷の大学であつたにもかかはらず、終戦直後の大学の姿が浮かんで
来ないのもふしぎである。
当時すでに私の心には、敗戦と共にをどり上がつて思想の再興に邁進しようとする知的エリートたちへの、
根強い軽蔑と嫌悪が芽ばえてゐた。
三島由紀夫「八月二十一日のアリバイ」より
- 820 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/10(金) 11:33:09.51 ID:a4yQnuXS
- 私はそこらの分類屋の世代論などには歯牙もかけないが、この九十ページにおよぶ評論だけはパセティックな
同世代意識にひたつて、熱烈に読みをへた。明晰な論理に終始した一評論家の生涯を論じたところで、われわれは
せいぜい知的感銘しか受けないが、保田与重郎氏といふ存在は一つの不気味な神話であり、美と死と背理の
専門家の劇的半生であり、戦後の永い沈黙がまたそれ自体一つの神話である以上、はじめ昭和七年ごろの知識人の
デカダンスから説き起こされたこのエッセイは、スピーディーな精神史的展望と共に、おもしろい小説的興味をも
喚起する。一つの時代とともに生き滅びること、自分の人生と思想をドラマにしてしまふことが、いかに恐ろしく、
戦慄的で、また魅惑的であるかを、このエッセイほど見事に語つた文章はまれである。そして現代と、保田氏の
青年期との、さまざまの不気味な暗合も語り明かされるのと同時に、日本人の美意識の根本構造について、不吉な
予言的洞察と宿命観が展開され、一読、暗い海に向かつたやうな印象を与へられる。
三島由紀夫「大岡信著『抒情の批判』」より
- 821 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/10(金) 11:33:53.81 ID:a4yQnuXS
- 四月二十七日(木)
大岡氏が(保田与重郎の)精妙な分析をしてゐるが、こんな精神構造は、現代にも、現代にほそぼそと生きて
ゐる一人であるこの私にも、未だに妙な親近感を与へるから不気味なのだ。大岡氏が保田氏の文体の「頽廃化」の
例証をあげつつ、その論理的必然と一貫性をつかみ出す手つきは鋭く、読者はたちまち、昭和十年代の精神的
デカダンスから、自覚せる敗北の美学へ、言葉の自己否定へ、デマゴギーへ、死へ、といふ辷り台を一挙に辷り
下りることを強ひられる。思へば、私も、こんな泰平無事の世に暮しながら、どこかで死の魅惑と離れられないのは、
保田氏のおかげかもしれないのだ。(と云ふのはむしろ冗談だが)
そして、生の充溢感と死との結合は、久しいあひだ私の美学の中心であつたが、これは何も浪漫派に限らず、
芸術作品の形成がそもそも死と闘ひ死に抵抗する営為なのであるから、死に対する媚態と死から受ける甘い誘惑は、
芸術および芸術家の必要悪なのかもしれないのである。
三島由紀夫「日記」(昭和36年)より
- 822 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/20(月) 11:35:21.17 ID:b4D3gM1O
- 私の主義としては、匿名の原稿は一切引受けない。これは匿名批評を否定するから引受けないのではなく、
ウィスキーは決してストレイトで呑まないとか、飛行機には決して乗らないとか、(中略)さういふことを
力んで主義にしてゐる人のやうに、私も力んで主義にしてゐるにすぎない。健康上の理由のほか、大した根拠は
ないのである。
一般的に匿名批評は是が非かといふことになると、人のやることにはあまり口を出したくないから、勝手にやつて
もらつたらいい。ただ困るのは、匿名批評といふものは、人のやることにいちいち口を出したがる立場だから、
こつちがかういふ態度でゐれば、おのづと火の粉はこちらの身にかかり、無防禦の受身になつたも同様である。
事実私も、匿名といふ匿名で、袋叩きに合つた経験があり、さういふときはどうして覆面同士の気がピタリと
合ふのか、面白いほどである。
自分がやらないから、匿名家の心理といふものはわからぬが、一年もつづけてやると、自己中毒症状に陥るのでは
ないかと思はれる。ミスティフィケイションの心理には、永続性がなく、必ず地獄のやうな倦怠に陥る。
三島由紀夫「匿名批評是非」より
- 823 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/20(月) 11:35:50.29 ID:b4D3gM1O
- 一生ミスティフィケイションをとほして平気だつた文学者といふものもあるが、それは実はミスティフィケイションと
見えたものが、その人の素顔だつたのである。野暮な議論だが、およそ文筆活動といふものは、自我の拡張の
喜びであつて、署名はその最低限度のあらはれである。できることなら、私、私、私、私、と百万べんも書きたいのだ。
一方、匿名の趣味は、覆面の英雄を喜ぶ民衆の趣味に支へられるから、それを読む民衆ははじめから、公平な
最大公約数的意見だなどと思つて読みはしない。(中略)さうすると、匿名作家は、おしのびの快楽にいつしか
熱中し、署名附文筆よりももつと絶対な自我の拡張のよろこびを味はつてゐるかもしれないのである。かういふ
心理が自家中毒を起すと私は言ひたいのだが、しかしそれも私のひがみの一種であらう。
結論をいふと、現代の匿名批評には、批評される対象にとつての害悪、および読者にとつての害悪はほとんど
みとめられず、ただ(余計なお節介であらうが)匿名家自身の健康に害悪がありはしないか、と憂慮されるのみである。
三島由紀夫「匿名批評是非」より
- 824 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/21(火) 10:56:18.48 ID:QrCWVbk0
- 俺が嫌いなのは三島ではなく必要以上に熱狂するファンなのだ
結局奴らは学校や仕事先でがんばれてなかったり、勝ててなかったりする奴らの
集まりで、それをひいきの三島に託し、三島が頑張れば自分も頑張った気になるし、
それで成功すれば自分も成功したような気になるのだ
俺の様に毎日2chで戦ってる人間なら人を応援する余裕なんてある訳がない
- 825 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/28(火) 10:52:42.40 ID:mbNLN/x3
- 恋してはいけない!
恋したら怖ろしいことになる!
恋したらだれかが死なねばならぬ!
これが姦通のダイゴ味であつて、みんなに祝福される恋なんか、これに比べたら日向水にすぎません。この怖ろしさが、
また、恋のダイゴ味の絶頂ですから、かくも永いあひだ、文学や演劇で、姦通は恋愛の代表の役目をつとめて
来られたのです。
不貞を働いた女房を愛するもつとも男性的な愛し方は、彼女を殺すこと以外にはありません。
厳粛さ、三つ巴にガッチリ組まれた人間おのおのの純粋さ、これが姦通の真の美しさであります。女は青年を
愛して、夫もこどもも金も平和もすべてを投げ捨て、青年は女を愛して命を投げ出し、夫はそのとき二人を
殺すことしか考へない……。
姦通とは、恋愛対社会のもつとも純粋な公式なのです。世間的に尊敬されてゐる夫も、ひとたびこのドラマに
組み込まれた以上、社会の掟もものかは殺人犯にならなければならない。
三島由紀夫「反貞女大学 第一講 姦通学」より
- 826 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/28(火) 10:53:41.83 ID:mbNLN/x3
- 女性はともすると、自分の力でもないものを楯にして、相手を軽蔑する。
ひよつとすると、夫への軽蔑には、母性愛の別なあらはれがあるのかもしれません。これはもつとも愛すべき、
おだやかな軽蔑といふものです。
私の知つてゐる奥さんで、亭主が脳溢血で倒れて生死の境をさまよつてゐるとき、オリンピックの開会式へ
出かけた人がありますが、これなんか、軽蔑学の最高段階といふものです。
妻の軽蔑病は、ぜいたくと暇と退屈から生まれることが多く、その経済的裏づけは夫のおかげなのですから、
多くの場合、夫は働くことによつて、自分に対する妻の軽蔑を助長してゐることになります。これが夫婦と
いふものの、かなり情ない実態であります。
軽蔑とは、女の男に対する永遠の批評なのであります。
三島由紀夫「反貞女大学 第二講 軽蔑学」より
- 827 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/28(火) 10:55:23.26 ID:mbNLN/x3
- 女性の特徴は、人の作つた夢に忠実に従ふことでせうが、何よりも多数決に弱いので、夫の意見よりも、つねに
世間の大多数の夢のはうを尊重し、しかもその「視聴率の高い夢」は大企業の作つた罠であることを、ほとんど
直視しようとしません。
「だつて私の幸福は私の問題だもの」
たしかにさうです。しかし、あなたの、その半分ノイローゼ的な、幸福への夢へのたえざる飢ゑと渇きは、実は
大企業が、赤の他人が作つてゐるものなのです。
三島由紀夫「反貞女大学 第三講 空想学」より
大昔の男は、女が妊娠と育児のために、平和な静かな場所と栄養を必要とすればするほど、それを確保してやる
ために、夫婦愛から戦争をおつぱじめたものである。なぜなら男は何かを得るためには、戦ひ取るほかに方法を
知らないからです。
一から十まで完全に良い趣味の男といふのは、大てい女性的な男ですし、ニヒリズムを持たない男といふのは、
大てい脳天パアです。
三島由紀夫「反貞女大学 第四講 平和学」より
- 828 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/28(火) 10:56:42.11 ID:mbNLN/x3
- 貞女とは、多くのばあひ、世間の評判であり、その世間をカサに着た女の鎧であります。
一夫一婦制が存在し、社会のモラル感覚がそんなに飛躍しないかぎり、「貞女」といふ看板は、表むき、どこでも
役に立ちます。
三島由紀夫「反貞女大学 第五講 嫉妬学」より
芸術および芸術家といふものは、かれら自身にとつては大事な仕事であるものが、女性からは暇つぶしに使はれる
といふ宿命を持つてゐる。モーツァルトがどんなにえらからうと、暇がなければ、誰がモーツァルトをきく気に
なるでせう。トルストイがどんなに天才だらうと、暇がなければ「戦争と平和」なんて読めたものではない。
ところで女性は、自分の暇を、何かきよらかな、美しい、崇高な時間に変へてくれたものに対して感謝を忘れません。
亭主はそれに反して、彼女の暇を、掃除だの、授乳だの、おむつの洗濯だので充たしてくれましたが、何ら
精神的に高めてくれたことがない。
そこで彼女たちの幻の芸術崇拝、芸術家崇拝がはじまります。
三島由紀夫「反貞女大学 第六講 芸術学」より
- 829 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/28(火) 10:57:58.69 ID:mbNLN/x3
- 芸術家といふのは自然の変種です。
角の生えた豚は、一般の豚から見れば、たしかに魅力的かもしれませんが、何も可愛いわが豚娘に、わざわざ
角を生やしてやるには及ばない。
三島由紀夫「反貞女大学 第六講 芸術学」より
ちよつと考へると、「ものを食はせたがる女」は母性型貞女で、「もの食ふ女」は浪費型貞女のやうに思はれますが、
一概にさうともいひきれません。
三島由紀夫「反貞女大学 第七講 食物学」より
方向オンチを特色とする女性が、どこかの地理を意外によく知つてゐたら、あやしいと思つてよろしい。それは
彼女がその土地、その場所に、よほど特殊な思ひ出を持つてゐると考へてよいからです。
恋愛のやうな感覚的高揚状態では、理性的な地理学を超越することがしばしばある。もう一度あの人に会ひたい、
とどちらも思つてゐるばあひ、ひろい東京の中でも、ふしぎと偶然に出あはすことがあるものです。確率から
いつたら、おそらく何億分の一のチャンスでせう。
三島由紀夫「反貞女大学 第八講 地理学」より
- 830 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/28(火) 11:02:24.53 ID:mbNLN/x3
- 夫婦同伴の社交といふのは、本当のところ、ひとの奥さんをただの芸者がはりに使つて、会合に色どりと潤ひを
添へようといふ目的にほかならない。
女の社交能力には、いくばくの娼婦性がひそんで来ることは、当然であつて、この点古代ギリシャや日本のやうに、
女をはつきり娼婦と母性に二分し、芸者的なものと家女房的なもの、くろうととしろうととに分けてしまつて
きた社会とは、そこにおのづから相違がある。多少の精神的娼婦性が美徳とされるやうな社会でなくては、
夫婦同伴システムによる社交は、じゆうぶんに開花するはずがないのです。
愚連隊仲間がそれぞれスケをつれてピクニックに出かけ、イザコザのあげくに、血の雨を降らす、……などと
いふ事件をきくと、みんなは「バカだなァ」と笑つてゐるが、日本の現在の夫婦同伴型社交には、スケ同伴の
愚連隊の社交と、思想的に五十歩百歩なのがずいぶんある。
三島由紀夫「反貞女大学 第九講 社交学」より
- 831 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/28(火) 11:03:45.57 ID:mbNLN/x3
- 同性の讃辞は、大てい「ほめ返し」を暗々裡に要求してをり、また、うつかりしてると、思はぬ皮肉のトゲを
含んでゐることがありがちである。
そこへ行くと、異性の賞讃ほど耳に快いものはない。西洋人の男はその点敏感で、ご婦人の靴までほめるが、
日本の男はたうていそこまで行かないにしても、目で、暗黙のうちに、彼女の全体をほめることを知つてゐる。
大体、男は女の着物などには大した関心はないので、顔や肉体のはうがよほど関心事なのであるが、正直に
それをいへば、失礼だし、Hと思はれる心配があるので、黙つてゐる。さうかといつて外国人の男みたいに、
ネックレスや靴までほめて女を喜ばす技術がないから、仕方なしに黙つてゐる。
日本的ドン・ファンが、高らかなラッパの音と共に登場するのは、まさにこの瞬間です。
(中略)ハタではきいてゐられないやうなキザな言辞を平気で弄し、つひには、足、つひには、胸まで、
言葉による愛撫の手をのばすのです。(中略)日本的ドン・ファンは、本格的日本語の素養なんか、なければ
ないほど成功する。
三島由紀夫「反貞女大学 第九講 社交学」より
- 832 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/28(火) 19:00:53.37 ID:+fKD1UeV
- 三島はコーコーセーで卒業だろ?
50以降は荷風か谷崎よめ。
- 833 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/29(水) 17:53:00.65 ID:9d+/YUpg
- 表向きこそレディ・ファーストながら、家の中では、アメリカ人の男はさいふのひもをガッチリ握り、支出を
細かくつけ、さいふをとほして女房を支配し監督してゐるのがふつうの例で、そこでは、ベッドの中では
百パーセントの愛が交換されても、経済面では、お互ひに百パーセント信用できない、といふ人間関係が
成り立つてゐる。
相互不信といふことが、西洋の近代社会の原則であつて、それが日本の義理人情の社会とちがふところです。
それは夫婦の間だつて同じことです。
日本の月給袋を預ける亭主が、女性の「母性化」のために全力をあげてゐるとすれば、アメリカの亭主は、
さいふをガッチリ握ることによつて、女性の「娼婦化」に全力をあげてゐるといつても過言ではない。
三島由紀夫「反貞女大学 第十講 経済学」より
同性たちに好かれる女性は年をとるにつれて人間的魅力を増し、いふにいはれぬおもしろいパーソナリティーを
形成します。
彼女たちには必ずどこか抜けたところがある。これは男の魅力にも通じるもので抜けたところのない人間は、
男でも女でも、人気を博することはむづかしい。
三島由紀夫「反貞女大学 第十一講 同性学」より
- 834 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/29(水) 17:54:19.89 ID:9d+/YUpg
- ある女は心で、ある女は肉体で、ある女は脂肪で夫を裏切るのである。
女性はそもそも、いろんな点でお月さまに似てをり、お月さまの影響を受けてゐるが、男に比して、すぐ肥つたり
すぐやせたりしやすいところもお月さまそつくりである。
三島由紀夫「反貞女大学 第十二講 整形学」より
知性の性質は、ほかのいろんな人間の能力と同様に、抵抗を求める、といふところにあります。
多少とも知的に進歩した女性は、尊敬されることよりも、いつか尊敬することをのぞむやうになる。
知的女性は、やたらむしやうに「先生」をほしがりはじめるのです。有益な「先生」のお話をききたがつたり、
えらい「先生」のお弟子になつたりしたがる。
愛から嫉妬が生まれるやうに、嫉妬から愛が生まれることもある。
三島由紀夫「反貞女大学 第十三講 尊敬学」より
サービス業の女性と結婚して興が褪めるのは、彼女たちの技巧が鼻について来るのと、一方、その技巧と素顔の
ギャップが耐へられなくなるからです。
三島由紀夫「反貞女大学 第十四講 技巧学」より
- 835 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/29(水) 17:59:45.01 ID:9d+/YUpg
- アメリカ風の夫婦単位、夫婦中心の生活が一般的になつてくると、貞女たるの条件は、だんだんむづかしく
なりました。(中略)結婚してからも、「女」であることをないがしろにできないし、したがつて女の技巧も
忘れてはならない。昔なら、夫への愛はともかくとして、姑と子供に一心に尽くしてゐれば、あつぱれ貞女で
通つたものが、今は、それだけではすまなくなつた。このごろの若い奥さんたちの服装はますます派手になり、
商売女と区別がつきにくくなつた。昼間からチャラチャラ、イヤリングを下げて歩いてゐるのも珍しくない。
さうなると困つたことに、家庭の妻も、サクラの造花を天井からぶら下げたやうなかつかうになり、玄人みたいな
愛の技巧を弄し、……家庭外の女性と変はりばえがしなくなる。貞女であらうとしてはじめたことが、魅力を
失ふ結果に終はりがちです。
三島由紀夫「反貞女大学 第十四講 技巧学」より
- 836 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/29(水) 18:01:04.47 ID:9d+/YUpg
- ちやうど年寄りの盆栽趣味のやうに、美といふものは洗練されるにつれて、一種の畸型を求めるやうになる。(中略)
そして、さういふ奇妙な流行を作るのは、たいてい男の側からの要求であり、パリのデザイナーもほとんど男ですし、
ほかのことでは何でも男性に楯つくことの好きな女性が、流行についてだけは、素直に男の命令に従ひます。
三島由紀夫「反貞女大学 第十五講 栄養学」より
人間、至りつくところは狂人の姿である、といふのは、あんまり楽しい哲学ではありませんが、一片の真理が
含まれてゐます。
貞女も反貞女も、極致の姿は、狂女の形に象徴されるやうであります。
人がまづまづ安心して「彼女は純真な愛を捧げてくれた」などといへるのは、彼女が死んだか、狂人になつたかの時に
限られてゐます。
反貞女であればこそ、健康で、欲が深くて、不平不満が多くて、突然やさしくなつたりするし、魅力的で、
ピチピチしてゐて、扱ひにくくて、まあまあ我慢できる妻でありうるのです。いくら貞女でも、狂人や死人では
困ります。
三島由紀夫「反貞女大学 第十六講 狂女学」より
- 837 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/30(木) 12:31:07.91 ID:roqyHcD5
- (『詩を書くのが趣味の交際相手の男性が女々しく思えて許せない』という相談者に)
美輪明宏『文学者でも例えば三島由紀夫や中原中也なんかは男らしかった思うけれど…。
貴女ももっと本をお読みになったらどうかしら?』
相談者『(憤然として)読んでますよ』
美輪明宏『どんなのを読んでらっしゃるの?』
相談者『秋元康とか』
美輪明宏『(一瞬判らず)あきも……(ピンと来て)オホホホホホwwwww』
相談者『?』
- 838 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/30(木) 13:45:17.18 ID:VV77yfAd
- 天皇陛下万歳 児玉好男万歳 笹川良一万歳 三島由紀夫万歳
曽野綾子万歳 石原慎太郎万歳々
北方領土 尖閣諸島 返還要求断固たる措置を・・・
- 839 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/30(木) 15:50:23.78 ID:1HTcZaR3
- 離婚なるものには、きれいも汚ないもありはしない。どんな別れ方をしようと、世間体がわるいことには変りが
ないのです。
それが証拠に、結婚式なるものはあつても、離婚式なるものはない。
結婚のをはりを美しくする一番いい方法は、今まで結婚してゐたことをだれにも内緒にしておくことで、十何年も
それをやつてゐた男を私は知つてゐます。
三島由紀夫「をはりの美学 結婚のをはり」より
電話の声といふやつは、それだけで立派に人の感情をかきみだす力があるくせに、姿は見せない忍者的存在である。
電話は一種の心理的凶器になり、その会話の殺人的幕切れは、人間の言葉・声・抑揚などがみごとに総合的な力を
発揮しながら、しかも「顔が見えない」といふ謎を残す。
テレビ電話の時代になつたら、電話のをはりは、テレビ・ドラマのをはりのやうに、「をはり」の字幕と
それにつづくコマーシャルで、お祭りさわぎでをはるやうになり、こんな心理的余韻の怖ろしさはなくなるでせう。
三島由紀夫「をはりの美学 電話のをはり」より
- 840 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/30(木) 15:51:18.12 ID:1HTcZaR3
- 流行の妙な点は、家来のはうが主人に飽きて、次々ととりかへるといふ点です。
主人のはうが家来に飽きて、次々とクビにするなら話はわかるが、流行の場合は、平伏し、あがめ奉り、尊敬し
身も心も捧げてゐる側が、突然気分がかはつてソッポを向いてしまふことです。
清潔なものは必ず汚され、白いシャツは必ず鼠色になる。人々は、残酷にも、この世の中では、新鮮、清潔、真白、
などといふものが永保ちしないことを知つてゐる。だから大いそぎで、熱狂的にこれを愛し、愛するから忽ち
手垢で汚してしまふ。
しかしどんな浅薄な流行でも、それがをはるとき、人々は自分の青春と熱狂の一部分を、その流行と一緒に、
時間の墓穴へ埋めてしまふ。二度とかへらぬのは流行ばかりでなく、それに熱狂した自分も二度とかへらない。
三島由紀夫「をはりの美学 流行のをはり」より
- 841 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/30(木) 15:52:18.00 ID:1HTcZaR3
- 童貞のをはりは、たしかに長いあひだの熱烈な知識欲の満足だが、男の知識欲はそれでをはつてしまふわけではない。
その第二回、第三回、第四回……第百八十七回などの満足は、童貞のをはりほどの大満足ではないかもしれないが、
性質は似たやうなもので、五十歩百歩のちがひしかない。だから、男の性的知識欲と性的満足とのドラマには、
永久に、「童貞のをはり」のくりかへしがあるだけで、性的技巧の上達など、末の問題にすぎないとはいへない
だらうか。
性に熟練した男といふのは、実は同じ芝居、たとへば「父帰る」とか「沓掛時次郎」とかの芝居を何千回くりかへして、
くりかへすうちに巧くなつた、しがない旅芝居の役者みたいなものです。
男にとつては生へぶつかつてゆくのは、死へぶつかつてゆくのと同じことだ。
得意の鼻をうごめかして、童貞を失つた話をしてゐる若者は、生でも死でもないコンニャクにぶつかつただけの
ことであり、彼は一生そのコンニャク演技をくりかへすことでありませう。
三島由紀夫「をはりの美学 童貞のをはり」より
- 842 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/07/01(金) 10:58:08.03 ID:oBpL9UeT
- 美は、尊敬に値ひするものの一つです。美しければ、バカでも一向かまはないのだが、女性が同性に対するふしぎな
矛盾した心理として、美しさに対する憧れももちろんあるが、嫉妬もあり、自分の尊敬心を十分満足させるだけの、
ほとんど不可能なほどのきびしい条件を相手の美人に課する。
三島由紀夫「をはりの美学 尊敬のをはり」より
はつきりいつてしまふと、学校とは、だれしも少し気のヘンになる思春期の精神病院なのです。(中略)
先生たちも何割か、学生時代のまま頭がヘンな人たちがそろつてゐて、かういふ先生は学生たちとよくウマが合ふ。
本当の卒業とは、
「学校時代の私は頭がヘンだつたんだ」
と気がつくことです。学校をでて十年たつて、その間、テレビと週刊誌しか見たことがないのに、
「大学をでたから私はインテリだ」
と、いまだに思つてゐる人は、いまだに頭がヘンなのであり、したがつて彼または彼女にとつて、学校は一向に
終つてゐないのだ、といふよりほかはありません。
三島由紀夫「をはりの美学 学校のをはり」より
- 843 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/07/01(金) 10:59:06.32 ID:oBpL9UeT
- もちろん年齢にしたがつて、いはゆる精神的な美しさは加はつてゆくけれど、身も蓋もない話だが、五十歳の美女は
二十歳の美女には絶対にかなはない。
美女と醜女とのひどい階級差は、美男と醜男との階級差とは比べものにならない。
美女は一生に二度死ななければならない。美貌の死と肉体の死と。一度目の死のはうが恐ろしい本当の死で、
彼女だけがその日付を知つてゐるのです。
「元美貌」といふ女性には、しかし、荒れ果てた名所旧跡のやうな風情がないではありません。
三島由紀夫「をはりの美学 美貌のをはり」より
手紙は遠くからやつてきた一つの小舟です。(中略)私たちは、空間の海をとほつて流れて来た小舟を、読み
をはると間もなく、時間の海の沖のはうへ、すなはち忘却へと、流し去つてやるのです。それは施餓鬼の灯籠の
やうに、ちらちらと水に灯を流しながら、遠ざかつて行きます。
その遠ざかる灯籠の灯影がちらりとまたたいて、岸にゐる私たちに、忘れがたい思ひを残すことがある。それが
手紙の結びの文句です。
三島由紀夫「をはりの美学 手紙のをはり」より
- 844 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/07/01(金) 11:00:01.42 ID:oBpL9UeT
- 芝居は必ずをはり、幕は必ずしまり、お客は必ずかへつてしまふ、といふ点で、人生のをはりと芝居のをはりは
そんなにちがはないのかもしれません。
三島由紀夫「をはりの美学 芝居のをはり」より
人生は音楽ではない。最上のクライマックスで、巧い具合に終つてくれないのが人生といふものである。
三島由紀夫「をはりの美学 旅行のをはり」より
喧嘩のをはりを、男性相手に、しつこく、心理的に小むづかしく演出してたのしむのも、女性の大きなたのしみの
一つである。
三島由紀夫「をはりの美学 喧嘩のをはり」より
個性とは何か?
弱味を知り、これを強味に転じる居直りです。
私は「私の鼻は大きくて魅力的でしよ」などと頑張つてゐる女の子より、美の規格を外れた鼻に絶望して、
人生を呪つてゐる女の子のはうを愛します。それが「生きてゐる」といふことだからです。だつて、死ねば
ガイコツに鼻の大小高低など問題ではなく、ガイコツはみんな同じで、それこそ個性のをはりですからね。
三島由紀夫「をはりの美学 個性のをはり」より
- 845 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/07/01(金) 11:01:06.57 ID:oBpL9UeT
- 正気の世界は、プールのとび板の端のやうな危険な場所で、をはるのではありません。
それは静かな道の半ば、静かな町の四つ角のところで、すつと、かげろふのやうに消えてゐるのです。あなたは
大丈夫ですかね。
三島由紀夫「をはりの美学 正気のをはり」より
秘密はたいてい、おしやべりな見栄坊のお客の口からもれるのです。
三島由紀夫「をはりの美学 礼儀のをはり」より
顔から、体から、物の言ひ方から、すべてを含めて、「好き」か「嫌ひ」かといふ判断を下すことは、人間同士の
関係として、もつとも悽愴苛烈なものです。就職試験の比ではありません。
三島由紀夫「をはりの美学 見合ひのをはり」より
人間が宝石のまま、永遠にをはらない純潔を保つことは不可能でせうか。男の例なら、われわれは即座に、あの
特別攻撃隊の勇士を思ひうかべることができます。人間のダイヤを保つには、純潔な死しかないのです。
三島由紀夫「をはりの美学 宝石のをはり」より
- 846 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/07/01(金) 11:02:03.63 ID:oBpL9UeT
- 自然は黙つてゐる。自然は事実を示すだけだ。自然は決して「宣言」なんかやらかさない。宣言なんかするのは
人間に決まつてゐます。
三島由紀夫「をはりの美学 梅雨のをはり」より
作品その他の形でちやんと文化的業績ののこつてゐる人に与へる「文化勲章」といふものは、本来の勲章からすると
邪道にちがひない。何も形の残らないもののために、勲章と銅像の存在理由があるのです。なぜなら英雄とは、
本来行動の人物にだけつけられる名称で、文化的英雄などといふものは、言葉の誤用だからです。
三島由紀夫「をはりの美学 英雄のをはり」より
悲しみとは精神的なものであり、笑ひとは知的なものである。
肉体関係があつたあとに、おくればせに、精神的恋愛がやつてくるといふことだつてある。
日本では、恋とは肉の結合のことであり、そのあとに来るものは「もののあはれ」であつた。
日本では「言ひ交はした」といふ言葉は、ただちに肉の結合を意味する。
三島由紀夫「をはりの美学 動物のをはり」より
- 847 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/08/28(日) 23:16:51.35 ID:d4KBKKTd
- ☆
- 848 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/09/29(木) 14:50:43.73 ID:eKcWqQBp
- 日本といふ国は何といふ忙しい国でせう。でも、羽田から、みんなに引つ張られて、東横ホールの「鹿鳴館」
(慈善興業)の楽屋につれて行かれ、カーテン・コールのとき、舞台から帰朝の挨拶をさせられたとき、
「ああ、日本には、かうして僕を待つてゐてくれた人がゐた」と、満員の客席を眺めて、本当にうれしく思ひました。
僕はやつぱりジャーナリズムの spoiled child であつて、あんまり一人きりの淋しい生活はできないといふことを
痛感しました。
三島由紀夫
昭和33年2月3日、ドナルド・キーンへの書簡より
ニューヨークの新聞に、川端(康成)さんのインタビューがいろいろ出たやうです。しかし日本の新聞には、
その記事が一つも出ず、中共がへりの文士の座談会ばかりがデカデカと出てゐます。この片手落ちはますます
ひどくなつたやうです。日本で一等いけないのは、政治家よりも、全学連よりも、新聞だと思ひます。
三島由紀夫
昭和35年7月11日、ドナルド・キーンへの書簡より
- 849 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/09/29(木) 14:51:27.37 ID:eKcWqQBp
- けふ久々のお手紙をいただき、洵にうれしく拝読、丁度数日前「文藝」で「近松と欧米の読者」を拝読、お手紙を
差上げようと思つてゐたところでした。この論文は、明晰で情理を尽したもので、一方きはめて具体的で、
岩波の「文学」系のチンプンカンプンの左翼国文学者たちに少くとも十回ぐらゐ味読させてやつたら、少しは
彼らの目もさめるかと思はれました。
このごろの日本人はあの勇敢なカミカゼ精神をどこへ忘れてきたのでせう。慨嘆に堪へません。
三島由紀夫
昭和37年9月9日、ドナルド・キーンへの書簡より
- 850 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/09/29(木) 14:53:36.34 ID:eKcWqQBp
- 日本の評論家の解説は、多く細部を無視し、理窟のために作品をねじ曲げ、作家はそのため、いつも苦い思ひを
心の底に持たねばなりません。この太宰集の御解説は、日本の批評家がほとんど触れない文体、構成、描写、
技巧などについて、周到な分析をされ、実に納得のゆくやうに書かれてゐるのみならず、一方、批評は批評として、
太宰のキリスト教についてのズバリとした御意見やら、「走れメロス」(小生もこれは少しもいいと思ひません)の
否定やら、太宰をよく読み、よく愛した人にだけ可能な正しい批判があります。
三島由紀夫
昭和39年4月15日、ドナルド・キーンへの書簡より
この間、安部公房君と一晩ゆつくり話し、彼が、
「僕はチェコに夢をかけてゐた。チェコにいつか亡命するつもりだつた。夢が砕けて悲しい」
と言つてゐた言葉が心を搏ちました。
三島由紀夫
昭和43年9月24日、ドナルド・キーンへの書簡より
- 851 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/10/02(日) 11:13:16.40 ID:XhpFXRbI
- 「日本人の西洋発見」は、実にいい飜訳で、おちついたしつかりした日本文になつてゐて、感心しました。
平田篤胤のところを最初によみ、今、日本人が誰も読まなくなつてゐるこの思想家をキーンさんが丹念精細に
研究されてゐるのに頭が下がりました。
一九七〇年にかけては、ひよつとすると、僕も、ペンを捨てて武士の道に帰らなければならないかもしれません。
三島由紀夫
昭和44年2月2日、ドナルド・キーンへの書簡より
三月一日から一ヶ月、又、富士の自衛隊へ行つて、浮世を離れます。しかし自衛隊の中の浮世もだんだん目に
つくやうになり、今度はどこへ逃げたらよいのでせうか。
三島由紀夫
昭和45年2月27日、ドナルド・キーンへの書簡より
- 852 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/10/02(日) 11:13:41.44 ID:XhpFXRbI
- 小生たうとう名前どほり魅死魔幽鬼夫になりました。キーンさんの訓読は学問的に正に正確でした。小生の
行動については、全部わかつていただけると思ひ、何も申しません。ずつと以前から、小生は文士としてではなく、
武士として死にたいと思つてゐました。
(豊饒の海)第一巻第二巻は飜訳がほとんど出来てゐますから、大丈夫かもしれませんが、問題は第三巻、
第四巻です。(中略)何とかこの四巻全巻を出してくれるやう、御査察いただきたく存じます。さうすれば世界の
どこかから、きつと小生といふものをわかつてくれる読者が現はれると信じます。
三島由紀夫
昭和45年11月、ドナルド・キーンへの書簡より
- 853 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/10/13(木) 10:27:02.65 ID:hV8FWlQ8
- 倉持君
まづ第一に、貴兄から、めでたい仲人の依頼を受けて快諾しつゝ、果せなかつたことをお詫びせねばなりません。
貴兄の考へもよくわかり、貴兄が小生を信倚してくれる気持には、感謝の他はありませんでした。それについて、
しかし、小生は班長会議の席上、貴兄を面詰するやうな語調で、激しいことを言つたのを憶えてゐられるでせうか?
貴兄は、小生が仲人であれば、すべてを小生に一任したわけであるから、貴兄を就職と結婚の祝福の道へ導くことも、
蹶起と死の破滅の道へ導くことも、いづれについても文句はない、といふ決意を披瀝されたわけでした。
しかし小生の立場としては、さうは行きません。断じてさうは行きません。一旦仲人を引受けた以上、貴兄に
対すると同様、貴兄の許嫁者に対しても責任を負うたのであるから、許嫁者を裏切つて貴兄だけを行動させることは、
すでに不可能になりました。さうすることは、小生自身の名を恥かしめることになるでせう。
さればこそ、この気持をぜひわかつてもらひたくて、小生は激しい言葉を使つたわけでした。
三島由紀夫
昭和45年11月、倉持清への書簡より(三島家で夫人が手渡し)
- 854 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/10/13(木) 10:27:38.32 ID:hV8FWlQ8
- 小生の小さな蹶起は、それこそ考へに考へた末であり、あらゆる条件を参酌して、唯一の活路を見出したものでした。
活路は同時に明確な死を予定してゐました。あれほど左翼学生の行動責任のなさを弾劾してきた小生としては、
とるべき道は一つでした。
それだけに人選は厳密を極め、ごくごく少人数で、できるだけ犠牲を少なくすることを考へるほかはありませんでした。
小生としても楯の会全員と共に義のために起(た)つことをどんなに念願し、どんなに夢みたことでせう。
しかし、状況はすでにそれを不可能にしてゐましたし、さうなつた以上、非参加者には何も知らせぬことが情である、
と考へたのです。小生は決して貴兄らを裏切つたとは思つてをりません。蹶起した者の思想をよく理解し、後世に
伝へてくれる者は、実に楯の会の諸君しかゐないのです。今でも諸君は渝(かは)らぬ同志であると信じます。
どうか小生の気持を汲んで、今後、就職し、結婚し、汪洋たる人生の波を抜手を切つて進みながら、貴兄が
真の理想を忘れずに成長されることを念願します。
三島由紀夫
昭和45年11月、倉持清への書簡より(三島家で夫人が手渡し)
- 855 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/10/13(木) 16:20:56.22 ID:b4vI/Teh
- 三島ってほんとにいいの? 熱海の次でわ?
- 856 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/10/14(金) 22:27:22.73 ID:5BecPtb+
- 平岡公威に心酔しとる香具師 きぃーつけろよ!
- 857 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/10/16(日) 17:36:14.00 ID:G06sGgfJ
- http://tamutamu2011.kuronowish.com/kennpoukaiseinouta.htm
憲法改正の歌=⇒句碑
1956年 中曽根 康弘作詞
一
鳴呼(ああ)戦(たたか)いに打ち破れ 敵の軍隊進駐す
平和民主の名の下に 占領憲法強制し
祖国の解体計りたり 時は終戦6ヶ月
二
占領軍は命令す 若(も)しこの憲法用いずば
天皇の地位請け合わず 涙をのんで国民は
国の前途を憂(うれ)いつつ マック憲法迎えたり
五
この憲法のある限り 無条件降伏つづくなり
マック憲法守れるは マ元帥の下僕(げぼく)なり
祖国の運命拓(ひら)く者 興国(こうこく)の意気挙(あ)げなばや
中曽根 康弘
(1918〔大正7〕年〜
−戦後60年のうち55年を衆院議員、5年を首相として務めた−
1918(大正7)年5月27日生まれの群馬県高崎市末広町出身の政治家。
- 858 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/21(月) 15:07:02.63 ID:mqsawKxr
-  ̄
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